伝説の相場師損正義先生にハイエナ戦法を学ぶ。脇目も振らずハイエナ道邁進中!!
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
一週間ぶりのデイで気合が入ったw。

昨日は負けたが今日は取ってやろうとか昨日負けたので今日も負けるのかとか昨日は勝ったが今日は負けるのかとか昨日も勝てたし今日も取るぞとか・・・etc。
そういう主観的な期待や不安は、当然のことながら持ちようが無いw。

一週間も間が空くと、気持ちの上で、引きずっているものが無いのだ。
新鮮で、ニュートラルな気持ちで相場に臨める。

上がるも相場下がるも相場、という格言の意味するところがよくわかる・・・(ような気がするw)。

ハイエナは主体ではない。
期待、願望、悔しさ、空しさといった諸々の感情・・・。
ハイエナが一個の人間として抱かざるを得ないそうした主観の無意味なことと無力なことは、すでに私も学んだ。

相場が主体なのだ。
ハイエナは主体の動きについていくしかない。上がろうとも下がろうとも。
ハイエナは、主体の主観を探ることに全力を傾注すべきだ。
しかし、どうやって・・・。

結局のところ、確率に帰するか。

だが、相場の行方の確率は計算で出せるものではない。

その確率を見極めるのは経験に基づく勘だ。

勘というものは決して個人の主観ではない。
それは、努力と経験という個人の主観を源とする精神活動から生まれるものには違いない。
しかし、努力と経験を極めれば集合的無意識=社会的(普遍的?)主観、という領域に達する(この辺ユングw)。
この集合的無意識領域を通過してきた思考の結果が、勘に他ならない。
というわけで、勘というヤツは先生が言われるような社会的主観に近いと思うのだが、どうだろうか・・・。

数時間こんなことを考えていたがw。

結論としては、相場は敵でも味方でもないということなんだよな。

問題は、距離のとり方か。
毎日付き合っているからといって、思い通りに動いてくれるものと思ってはいけないということか。

テクニックは重要だが。
テクニックの面をクリアした後、最終段階として、心構えが試されるんでしょうね。
心構えを試されるというより、相場の本質を理解できるタイプかどうか、最終的に資質を試されているような気もする。

淡々と利食いする。淡々とLCする。

自我があるから無にはなりきれないが、それでも、相場ではあくまで相場が主体で、ハイエナは限りなく無に近づきたい。

<本日の結果>

9378 ワールド・ロジ
194-195
200割れはさすがに安いと思ってw。

8892 日本エスコン
203-204
押し目。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。